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KERO ONE

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KERO ONE
(ラッパー/プロデューサー/DJ)

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-プロィール-
Gagle、Qティップやカニエ・ウェストのスタイルに比較される、
サン・フランシスコ在住の
コリアン・アメリカン・ラッパー/プロデューサー/DJ
のケロ・ワンは、DIY的なサクセス・ストーリーを体現している。

2003年、家庭用レコーディング機材と自らのクレジット・カードだけを頼りに、
ケロ・ワンは12インチをプレスし、自ら立ち上げたレーベル、Plug Labelからリリースした。
レコード・ディストリビュ ーションの経験など無かった彼は、
リサーチに多くの時間を費やし、セールスをし、友達の助 けも求めた。
やがて出回った50枚の12インチ。その中の一枚が東京のとある小さなレコード 店にたどり着いた。
数週間後、日本人のDJがその12インチを見つけ、その夜のクラブ・イベン トでスピンした。
その反響はすさまじかった。
その晩この12インチを耳にした一人が日本のレー ベルの重役で、
彼はすぐさまケロ・ワンに連絡を取り、3,000枚この12インチを注文したのだった。

レコードはたちまち日本中でヒットとなり、
その数ヵ月後にJazzy Sportから日本ツアーに招聘された。
日本の各地を回り、驚いたことに何百人ものファンから写真やサインを求められた。
この 時点で初めて音楽をキャリアにするということに現実味が出たのだった。
ケロ・ワンはその後ア ルバムを完成させ、
2005年にリリースされたファースト・アルバム『Windmills of the Soul』では、
楽器の演奏からラップ、サウンド・エンジニアリングに至るまで全てを担当した。
大きなレーベル やストリート・チームなどいなかったケロ・ワンは、
ビジネス面でも全てを自分でやる必要があっ た。プロモーションからマーケティング、
製造から経営、アート・ディレクションからウェブの運営
全てをこなし、テイスト・メイカーに会う機会がある度にプロモ盤を渡した。
そんな努力が実ってか、ケロ・ワンは2006年にウェブ・デザイナーとしての仕事を辞め、
フルタイムで音楽を追求することになった。

2006年以降、ケロ・ワンのアルバムは「remix」誌で年間ベスト・ヒップホップ・アルバムに選ばれ、
iTunes のヒップホップ・チャートの上位を占め、
ブラック・アイド・ピーズのウィル・アイ・アムからポジティヴなレヴューをもらい、
世界各国でツアーを行った。ケロ・ワンは日本を更に2 回ツアーし、
ヨーロッパやオーストラリア、韓国、台湾、フィリピン、カナダ、そしてアメリカを、
KRS-1、EPMD、DJ Cash Money、DJ Kentaro、Gagle(Jazzy Sport)、
それにエピック・ハイ(韓国)のようなアーティストとツアーした。
それに加え、彼はタリブ・クウェリやダイナミック・デュオ(韓国)、
それにDJ Mitsu The Beatsなどとも仕事をしている。
2007年、ケロ・ワンはサン・フランシスコのダウンタウンに
自身が主催するヒップホップ/ダンス/ファンク・ミュージックのレーベル、
プラグ・レーベルのオフィスとレコーディング・スタジオを設立し、
12枚以上のCDやレコードをリリースしてきた。


Kero One - When the Sunshine Comes - OFFICIAL MUSIC VIDEO



オフィシャルサイト
http://www.kero1.com/
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